EXPERIMENTAL LANGUAGE THROUGH SCI-Fl

SCI-Flをつうじて 「今」をかんがえます。

その世界や実装された環境とともにことば」でつむがれたすこし先の世界を参照点として「今」をかんがえる、 そんなユニットです。

「ことば」はいつでもひとに想像させる余地を残します。

No.1
長野涼花 Suzuka Nagano
2022/2/20
unit8

その時確かに、風が吹いた。

この街は風が吹かない。「風が吹かない」と言うのは、誇張された表現かもしれない。
「自然な」風は吹かないと言う方が正しい。この街は、天地と四方を特殊な素材で覆われている。外側から俯瞰で見ると大きな立方体のようになっていて、街の中の空気は機械で循環させられていて、自然な風は吹かない。もっと言うならば、天気も変わらない。データで算出された必要分だけ雨が降って、日が照って、いずれ夜になる。
全部機械が管理している。計算されたものではない、「自然」に起きる物事は、この街にはない。

 国が地方創生に躍起になっていた時代も遥か遠く、人口減少、税収減、相次ぐ未曾有の自然災害、伝染病、あらゆる困難に晒され、遂にはインフラ整備もままならなくなり、都市はあっけなく地方を見放した。47 都道府県あったらしい日本に今ある都市はかつて東京だった、この街のみ。それ以外は「無」だ。私はこの街から出たことがないので、どうなっているのか知らないし、それを知る術はこの街にはない。知ろうと思ったことも、ないかも知れない。

 とにかく、もともと大きな都会だった東京は、地方が立ち行かなくなると分かるやいなや、国を代表する大企業と手を取り合い、まず壁を建設し、街を囲った。今は特殊な画面パネルの壁も、その当時はコンクリートの、本当にただの壁だったらしい。東京都の境に沿って壁を急ピッチで壁を建設し、人・物の行き来を制限した。そして、将来的には完全に都市を閉鎖して人も物も全てを管理することを宣言した。東京以外の地方を完全に排除し、日本国=東京になるのに大した時間はかからなかった。

 そして、東京都の閉鎖が完全に完了した年から、壁の中で生まれた子供に「市民権を与え、新しく生まれた子供を「市民」、それ以外は「準市民」とした。市民権が与えられた子供がまず何をされるかというと、マイクロチップが身体に埋め込まれる。昔は犬や牛にチップをつけて管理をしていたらしいが、それと同じくヒトの子供にもそうすることにした。市民は生まれた時に全員が否応なく体内に埋め込まれるのに対して、準市民はチップの入ったウェアラブルデバイスを身に着けることが義務付けられている。このチップはあらゆることを記録、管理する。生まれた日時・身長体重から始まり、健康状態、食事管理、行動の記録、歩数まで毎分毎秒記録している。なので、昨今、昨今というか、壁の中が全て「市民」になってからは行方不明事件なんて起こらない。起きようがないのだ。「市民」のことは全て細胞の一欠片まで筒抜けなのだ。

だれに?「C.U.B.E.」に。

 「C.U.B.E.」とは、このマイクロチップを初めとする都市の、市民の全てを総括しているシステム、いわば都市の心臓だ。その全貌は良くは知らない。あまりに当然に生まれた時からある空気のようなもので、私は、若い人たちはこの C.U.B.E. のことを C.U.B.E. としか知らないのだ。

 というわけで、都市・市民の全ての情報は管理され、集約され、新しいシステムを形作る。ある時伝染病が大流行したときは人々の接触を一切絶ったバーチャルな未来が想像されたらしいが、しばらく先の未来、今も人は家から外へ出るし、人に会い手を繋ぎ、食事をする。ただしその行動は逐一追跡され、その時の体の状態から感情までも記録し共有される。例えば、友人と会うのに約束の必要はない。都市の中では全ての記録が共有されているためだ。相手が何を考えているのかも、何をしようとしているのかも全て分かる。

 と思っていたんだ。

「それって、何がいいんだろうな」

私の説明を一通り聞いて、男は興味無さそうにそう呟いた。すっきりとしたひとえの目がぼんやりと遠くを見ている。彼が何を考えているのか、私にはわからなかった。何がいいと言われても、良いも悪いもなく、そういうものなのだ。私はその通りのことを答えた。ふうん、と男はまた興味無さそうに返事をした。
「ここに住む人たちは、市民っていうの?何も考えていないんだな。と言うより、考えなくていいようになっているのか」

失礼なことばかりいうな、こいつ。私は私なりに色々考えて生きている。明日何食べようとか、学校のテストの範囲どこだったっけとか。そんな私の様子を男はチラリと私を一瞥してふっと笑った。

「図星つかれて怒るんだな」 そんなこと言う前に分かるだろう、と思う。何を言えば喜ばれて何を言えば怒られる のか、そんなことは考えずとも分かるのだから。
「分からないモンだよ、そういうの、本当はさ。言ってみたり、やってみたりして初めて分かる。それを次に生かす。前回と同じようにしても失敗する時もある。そうやって何度もトライアンドエラーを繰り返してやっと少し分かる、こともある。」

私は男の言わんとすることが理解出来なかった。「相手が何を言いたいのか分からない」という経験は生まれて初めてだった。

「あんたは分かりやすいほうだな」

目に見えて困惑する私を見て、男はまた笑った。

「ここの外は、訳の分からんことばっかりだ。これから何が起こるのか、とか。その代わり、何もかも自由だ。何を見て何を思うのか。そう言うのは全部自由で、自分だけのものだからな」

さっきからこの男は何を言っているのだろう。なぜ私には男の意図が理解出来ないのだろう。男の言う「外」とはなんのことを指しているのだろう。何もかも分からない。頭が混乱してきた。なんだ、こいつは。外ってまさか、本当に外のことを言っているのか。都市の外、それを知っていると言うのか。あらゆる「まさか」が頭を巡る。

無意識に呼吸が浅くなり、手のひらにじっとりと汗が滲む。俯き、手をぐっと握った。

そもそも、私の考えていることは起こりえないはずだ。もし、もしも仮に彼が「外の人間」だとして、チップの無いモノの生体反応なんてあれば瞬時に C.U.B.E. が察知して捕まる。そもそも、あの壁自体も C.U.B.E. の一部だ。越えたり潜ったりなんて不可能だ。でも、それなら、どうして彼の考えていることが私には分からないのか。彼が「市民」であれば、そんなことは到底ー

男は私の様子をじっと見て、すっとその場で立ち上がった。縋るようにそれを追って私は顔を上げる。私を見下ろす彼の表情は逆光になっていてよく見えない。眩しくて目を細める。その時、彼のさらりとした黒く長い髪の毛がぶわりと強風に煽られた。

風が吹いた。

この街は風が吹かない。街の中の空気は機械で循環させられていて、自然な風は吹かない。突風など起こるはずがないのだ。

私は目を見張る。先ほどまでは髪の毛で隠れていた彼の首筋に、それはあった。市民がマイクロチップを埋めた場所、マイナンバーとコードが刻まれた肌。そこに、私と違って、赤いバッテンが重なっている。

彼は風に吹かれた髪の毛を顔にまとわりつかせたまま、にいっと口の端を上げた。

「風は吹かない、行方不明事件は起こらない、相手のことは全て理解出来る…それって本当のことだと思うか?この都市で起こることは全て良いことだと思うか?」

だから、良いとか悪いとかでは無いのだ。そう言おうとしても声にならない。チップのあるうなじのあたりがじんじんと熱い、ような気がする。

彼は私の目の前にしゃがみ、私の目を覗き込んだ。彼の目に自分の姿が映る。私は声を絞り出す。

「…良いことかどうかってなに?」

彼は私の言葉を聞き、少しだけ目を見張ってから、またにかっと笑ってみせた。「それを考えるんだよ。自分で。そんで、自分で選ぶ。これから何をすべきかを」「自分で考えたことなんて、今まで一度もないのに」

「だから考えるんだよ。この均一な世界が、本当にお前の世界なのかどうか」

応えるように、びゅう、ともう一度風が吹いた。そこで私は意識を手放した。

≫ コロナ禍から少し先の未来を考える:健康
  • 「ヘルスケア」は、病気にならないように予防をすること
  • 「セルフメディケーション」は、病気になってから自分を自分で治療すること
  • 「医療」は、病気になってから医師による治療を受けること

日本は国民皆保険という世界的に類を見ない医療制度があるため、生活者は比較的少ない自己負担で医師に診てもらうことができます。そのため、「ちょっと調子が悪かったらまずは受診してみよう」という行動は一般的でした。ところが、コロナ禍で、公的保険で行われるオンライン診療や、公的保険外のオンライン相談が急激に広がり始めています。もちろん、病気を見逃す懸念もありますが、このオンライン受診を上手く利用することで、上記の「ヘルスケア」「セルフメディケーション」の分野をより発展させてゆくことが出来るのでは?と考えます。

体温・食事記録・医薬品服用記録+オンライン診察→薬処方まで出来る健康丸ごと管理アプリケーション

No.2
横地英理子 Eriko Yokochi
2022/2/20
unit8

 今この時代、コロナウイルスが大流行して世界が様々な変化を起こしている。

 その時々のニーズにあったものや職業を含めたシステムの売り上げが上がったり一般化したりするのが普通だが、コロナウイルスにかかわらずここ何十年で電子機器であったり人々の暮らしの中の様々なものが変化してきた。

 今後もどう変化していくかなど、その全ては誰も分からないが、今後社会を支えつつ我々を脅かしていくのは間違いなくネットワーク環境を含めた電子機器の発達やAIの存在といえよう。

 ここからは私が夢で見た未来の話をさせていただこう。

 今から何百年も先の話。地球は温暖化が進んでしまい地上に人が住めなくなってしまった。

人類は生活する拠点を地下に移す計画が進めていたが新しく全ての生活を変えていくとなると長い時間を要した。更に地下に移住できなかった人間たちは生きていけず多くの死者が出た。
 そのなかで、地下生活と同時に進められたプロジェクトがある。それは進化したAIの力で全世界の人間はホログラム化されバーチャルな世界を創り、そこに移住するプロジェクトである。計画には成功したが多くの犠牲者が出てしまい、世界の人口は半分以下になってしまった。だが地下施設の再利用により、今生存しているほぼ全ての国民がその世界で生活ができている。

 その世界では、髪の毛の色は自由に変えられるし、法律上情報改ざんは禁止されてはいるが痛みなく整形はできるし、自分が想像した服を自由に着る事ができる。しかし暮らしは変わっても流行というものは未だに存在していて、外を見ると若い子たちが同じような格好をしているのはいつの時代も変わっていないのだろう。 

好きなことは自由な時間に自由にできるし、どこでもドアがなくても好きな場所にすぐ移動することも可能だ。動物園や水族館はもうなくなってしまったが人間と同じくホログラム化されたものが映し出される施設は人気がある。そんな昔に比べるとあらゆることがとても自由にできる世界だ。

 国境なるものはなくなったが、昔でいう都道府県のようなものは国という形で存在している。国が国民への生活を保証しているため、仕事をしている人が今や全世界基準でも20%にも満たないのではないだろうか。
仕事の種類も昔に比べては減ったがこのホログラム化された世界を管理する職業が主で、昔で言う政治家がホログラム化された世界の管理者たち。そしてもう一つ、肉体管理職というものが存在している。

 ホログラム化された世界で、人間の肉体はどうなっているのか。
 今から二百年ほど前に脳をシステムに移行する技術が開発され、寿命という概念はなくなった。だが延命は法律上禁止されており、百年経つと必ず死が訪れるようになっている。
 かつて部分的に存在していた貴族は、今や国ごとに必ず存在するようになり、その貴族だけが就ける職業がある。それはホログラム化された世界の管理ではなく、ホログラム化された一般市民の肉体の管理、肉体管理職と呼ばれているものである。
 「脳がシステムに移行可能となったのに何故このような職業が存在しているのか」と思うかもしれない。
しかしこの職業には必要性がある。まず、産まれたばかりの赤ん坊の脳の移行手続きからはじまり、次に全ての人々を成人対応の保育器の中で管理する必要があるのだ。
一見、管理する必要はなさそうに感じるが、人々が子を設けるにあたり一度現実世界に戻り性行為を行うために肉体は存在する必要があるのだ。勿論必ず戻らないといけないわけではなく、昔と比べて進化したAIを子供の脳としてデータを取り込み成長させていくことも可能であるが、AIには幼少期以下の学力の成長というものはない。幼少期の頃から最低限の知能が備わっているため少し気味が悪いものであるといえるのかもしれない。
成長用保育器は一定の年齢までしか機能せず、その年齢を越えると肉体は廃棄されてしまう。廃棄されてしまえばそれ以降は二度と現実世界を味わうことは出来なくなる。これにより子を望む人はホログラム化された世界ができる前より多くなった。

 先程AIを子供の脳としてデータを取り込むと記述したが、この世界でのAIは「ホログラム化された世界を管理するシステムAI」と「人間と共に生きるAI」が存在する。
人間と共に生きるAIは人間とは小さい頃の知能以外は何も変わらず、性格も感情もあり、比べようとしてもほぼ判別することはできない。愛した人がAIであった、という話も決して少なくはない。AIかどうか知っているのは両親または国のみであり、差別が起こらないようにするために成人するまでAIであることを伝えるのは法律上禁止されている。

 だが先日世界的に報道されたとあるニュースがある。
人間とAIの脳がすり替えられていた、という大事件である。
人間そっくりのAIとAIを愛した人間たちが肉体を求め、実の子を望んだことによって起きたテロだと言われている。
この大事件は、何百人規模で年齢問わず行われたすり替え操作と報道された。記憶がデータ化された今、本人が本人であることすら証明できず、被害にあった人々など事件の全貌は未だに明らかにされていない。

 今この世界で生きている者たちは、自分が本当の人間なのかどうかという混乱に陥っている。
愛した彼が本当に彼であるのか、大切に育ててきた子が本当に実の子であるのか、自分の肉体は誰かの肉体でもあるのかどうか。守られた世界がこの大事件によって一瞬にして崩れ去った。

 この世界でAIと人間とがどう共生していくのか、それはまだ誰にもわからない。